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研究内容

超薄分子組織膜の化学と高分子固体構造

  1. 機能性原子団を含むくし型共重合体組織化膜の分子配列と表面形態
  2. 含長鎖アルキル芳香族ポリアミドの固体構造と分子膜形成
  3. ”山形県産”脱石油由来資源・粘土ナノフィルムの創製
  4. 耐熱性・高光伝送効率”結晶性”フッ素樹脂透明ファイバー,並びに透明フィルムの構築
  5. 電荷移動錯体組織化膜の分子配列制御と導電機能発現
  6. テフロン系共重合体の球晶観察と微細構造評価
  7. 金属捕集性ポリマーの組織化膜の形成に基づく超分子構造の創製

 

研究室の理念と姿勢

 

< 「世界一の機能性材料を作る研究室」よりも

世界一の機能性材料を作れる"人間"」を創る研究室に >

 

研究室の祖である,福田清成先生が28歳で埼玉大学に着任してから,52歳に至るまで,

埼玉大学には修士(大学院博士前期)課程が存在していませんでした.

 

また,博士(後期)課程が作られたのは福田先生が63歳になられた年で,実質,福田先生

2名のみにしか,お弟子さんに博士号を授与できていません(そのうち1名は塩澤 豊志

武蔵野大学客員教授).

 

しかし,Material Science分野におけるKiyoshige Fukudaの名は,2000年当時,世界の最

上層,トップ0.5 %に選出される,「世界で最も影響力のある研究者」に連ねられていました.

 

日本人はたった138名.埼玉大学としても,彼がメイン学会として所属していた「日本化学会

コロイド・界面部会」としても唯一の選出者で,地方大学から自体,その排出者は極めて限ら

れていたと知られています.

 

旧帝大所属の研究者が,豊富な大学院生とスタッフにより,500報を超える論文をpublish

し,その引用件数の多さの下,選出に至っていたのに対し,福田先生は殆ど学部4年生と

共に行なった150報程度の報文に記された研究内容が,世界各国で高く評価され,多くの

引用を受けました.

 

周囲から注目を受ける研究は,学歴や大学名で決まるのではないということが示される,

good exampleですね.

 

言い換えれば,研究者の成功は,周辺環境よりも個人の姿勢で決まるとも表現できます.

 

当研究室は福田研究室から数えて3代目.「界面化学(分子性薄膜)」と「高分子物性」の

研究室です.

 

前者は,洗剤・化粧品・食品分野につながり,後者は繊維・プラスチック・ビニール・ゴムの

産業分野につながる,身近ながらも,生体膜から機能性デバイスまでを網羅する先進研究

領域です.

 

当学が伝統的に強みを有するこの2枚看板を継承し,かつ,「成果主義ではなく,若者の

成長を見守って創って行く研究室」の理念を下に,運営されています.

 

我が研究室の祖の所沢の自宅には,今でも毎週のように,彼を慕うお弟子さんが遊びに

訪れています.

 

皆,卒業後,満足の行く幸せな人生を歩んだ方々で,その多くは日本のものづくり産業に

携わり,我が国発展の礎を担いました.

 

研究室の誇るべき成果は,こうした福田門下生の手により産み出されていたのです.

 

私達は,研究室独自の専門的特殊技能ではなく,学生諸氏個人の成長とその力量で,

研究を作ります.

 

全ての所属学生の能力向上を支援し,将来,自身の夢や幸せをつかめる実力向上に

助力する,そんな場でありたいと思いながら,日々,師弟共に新しい学問の扉を叩く活動を,

楽しんでいます.

 

 

 

研究室の歴史と概要

「物理化学実験法」,「膠質学」等の著者としても知られ,日本化学会 会長職を2度歴任(1935年と1955)

された東京帝国大学理科大学化学科(現在の東京大学理学部化学科) 教授 鮫島 實三郎先生は,1951(

26)に東大退官後,その後の3年間,埼玉大学 教授として教鞭をとられました.当初5年勤務の予定を2

年早くに退職された鮫島先生の後を受け,1954(昭和29)5月,28歳の若さで講師として埼玉大学文理学

部に着任したのが,鮫島先生の直弟子であり,その後福田一門の祖と呼ばれる,福田 清成先生でありました.

福田先生が埼玉大学で展開されたのは,Langmuir膜,Langmuir-Blodgett(LB)膜に関する界面化学の研究で,そ

の独自性・先見性溢れる研究の業績は,世界各国の研究者の知るところとなり,2000年当時には米国ISI

選出のhighly cited researchers(学術論文の最高被引用研究者)に名を連ねました(材料科学部門)

これというのも,I. Langmuir博士が1932年にノーベル賞を受賞した後,1934年に世界旅行を行う傍ら,東大

鮫島研を訪れ,LB膜の技術を直々に伝授した事実に端を発します.I. Langmuirの弟子であるK. Blodgett博士

LB膜に関する最初の速報をJ. Am. Chem. Soc.誌に掲載させたのが19341月,その詳しい内容を記述し

た論文を初めて報告したのは,翌1935年のJ. Am. Chem. Soc.誌であるため,当時鮫島研究室は,開発者本人

に次ぐ,LB膜技術の最新情報を握っていたことになります.K. Blodgettの報告以降,1936, 1937, 1938年と3

年続けて鮫島研究室から鮫島先生本人が創刊(1926)された日本化学会欧文誌にLB膜の研究成果が報告

された後,数年途絶えていた関連研究を「脂質単分子膜に対する抗原抗体反応」のテーマとして再開したのが,

東大理学部化学科 鮫島研究室卒研生であった,福田先生でした.

福田先生は,大別して3つの大きな仕事に取り組まれました.@単分子膜・累積膜中におけるアミノ酸誘導

体の重縮合反応制御,A水平付着(Fukuda-Nakahara)法の開発,B色素会合体LB膜の構造制御と光学機能

の評価です.そして,その知識と技術を受け継いだ,4人の直弟子を国立大学 教授(現・名誉教授)として世に

送り出しました.柴崎 芳夫先生(埼玉大学名誉教授)加藤 貞二先生(宇都宮大学名誉教授),八田 有尹先

(東北大学名誉教授)中原 弘雄先生(埼玉大学名誉教授)4名です.このうち,福田研究室の助手を2

お務めになられた加藤先生は,早くに独立して宇都宮大学工学部にポジションを得,新たな分野開拓を行い,

福田先生同様,日本化学会 コロイド及び界面部会の部会長も歴任されました.埼玉大学では,福田教授-

柴崎助教授-中原助手の体制から始まり,世界のLB膜研究を牽引・先導してこられました.

宇都宮大学 加藤研究室は,その後,加藤先生の直弟子である飯村 兼一先生によって引き継がれ,福田研

究室は,当時の末弟であった中原先生の退職後(20083)から,3年間の空白の時を経て,柴崎先生(

部・修士),中原先生(博士・ポスドク1)両方の教えを受けた藤森が,その所属を工学部機能材料工学科に変

えて継承しました.藤森研究室は山形大学大学院理工学研究科(工学部)で,2007年に,退職した増子徹教授

の研究室(高分子固体構造学)の後を受けて産声を上げ,研究室主任の職位が助教の状態で4年間,小規模

研究室として運営されてきました.2011年,正式に埼玉大学に復帰後は,福田研究室の正統後継として更なる

発展を志し,物理・化学・生物分野の学際的融合による新規のイノベーション創製を至上命題としながら,新た

な学問の扉を叩いて行く意気込みでおります.諸先輩方,関連分野の皆様,今後ともご指導・ご鞭撻の程,何

卒宜しくお願い申し上げます.